和泉流宗家
ご挨拶
気品の和泉流狂言

まず想い出を語りたく思います

 どこからお話したらよいのでしょうか。和泉宗家の相談役を務めております濱野成秋です。さいきんは小説をいくつか出しておりますが、がんらい英米文学を専門とする大学の教師です。しかし谷崎や藤村など近現代の国文学にも傾倒しておりまして、日本文学の朗読の本なども出して、文京区の招きで朗読会を続けております。
 私は東北大教官ほか、早稲田大学などで教鞭をとった大学教師ですが、この仕事に関する限り、アーティストとして、お考えください。
 このたび、和泉宗家の理事長と相談の上、全国各地からの公演依頼の申し込みについては、当方がまずお受けして、ご希望を聴くことになりました。
 さて、狂言宗家家元和泉元彌さんのことですが、この方の演技は完璧であるだけでなく、まごころがこもっております。また、おつきあいして、ほんとうに気持ちのさっぱりした良い方です。ある大学で学術交流を活発にということになり、文学部英文学科が中心になってシェイクスピアと日本の古典をむすぶものとして、和泉流狂言のみなさまをお呼びしました。
 学生諸君もたいへん喜んで、準備委員全員で48名。みな無償でPRや会員の整理に当たりました。当日は450名、講堂はぎっしり満席でした。そこでシンポジウムもふくめ、狂言3曲の上演。和泉元彌さん、淳子さん、祥子さんも発言者のメンバーで入っていただき、延々5時間、だれ一人席を立つ者もないほどの熱心さでした。
 これは終生おもいでにのこるイベントでした。

たくさんの想い出

 東京千駄ヶ谷の国立能楽堂では、公演のあと、レセプションをおこない、私が和泉家に代わって挨拶をしたこともありました。
 沢山のファンの方々がいらして、和泉宗家の成長発展を祝うのも、お父さまの元秀さまが、舞台で公演中に過労でおたおれになるという、悲しいできごとがあったから、ひときはこころがこもりました。
 地方公演では、信州の山奥のこともあり、その晩はきゅうに夕立となり、仕立てたばかりの豪華衣装がずぶ濡れ。それでもこれは約束だからと、元彌さん、淳子さん、祥子さん、みなさん、終始笑みをなくさず、演技された。舞台の袖で見ていた私は、この子たち、こんなに若いのに、なんと人間のできていることよと、感心したものです。
 その後もたくさんのイベントを致しました。
 私の母校、堺市登美丘の公立中学校創立50周年記念行事にも来て頂きました。元彌さんがちょうどNHK大河ドラマの時宗役で大忙しのさなかでしたが、頼み込んで実施しました。元彌さんが来るとなる前には、お笑い演芸やジャズバンドで周年行事を陽気にやろうというアイデアもでていたそうですが、市長さん、教育長さん、諸先輩がみなさん集うのに、ちょっとそれじゃということになり、やはり古典は荘重で周年行事にはふさわしいと、地域の卒業生のみなさんからは大賛成でした。公演後にホテルで行われたレセプションも満員。感動につぐ感動でした。

修業と涙と、そして生まれた感動

 ところが、その後、苦難な時期がおとずれました。
 じつは和泉さんと私とは、御尊父からの長いおつき合いで、元彌さんが254曲におよぶ演技を伝授され、少年期から利発な子だった元彌さんは、見事に演じる。そのようすを見守ってまいりました。元彌さんの気品に心打たれる方々はたくさんいらっしゃいますが、それはこの厳しい修業で磨かれた人格からにじみ出るものです。私どものとは家族ぐるみのおつきあいですが、もう20年を越すと、親戚以上です。その間、元彌さんは青学を卒業され、NHK大河ドラマの主役もなさいました。
 ところがその大成功がやっかまれたのか、一時期、心ない人たちから、どたきゃんだのと、根も葉もないことを言われました。私も記者会見の場に出て、15回もどたきゃんをやったと週刊誌に出ていましたが、そのうち12回までは、ろくに契約もできていない話だったのです。またあとの3回も、演技の時間にはきちんと間に合っていました。マスコミはこんなひどい記事を喧伝したので、わたしたちは、人の世の無情さに涙しました。耐えました。元彌さん、淳子さん、祥子さんは、くやしさを心に秘めて、ひたすら演技に打ち込みました。この試練は神様にさずかったと考えよう。そんな日々でした。このことから、とても大事な教訓を学びました。
 「あいまいな口約束はせず、公演については、事前にきちんとした書面にした契約を取り交わして、確実に実行しよう」と、和泉家一同、心に誓ったことでした。
 この人たちの新たな決意はみごとに各界に伝わりました。また芸にもいちだんと磨きがかかって、和泉三兄弟(姉妹)の心の演技は見事に返り咲きました。いまでは、日本の外務省をはじめ、NHKも、アメリカ、中国、フランス、イギリスの大使館など、世界中からの支援のもと、大きな公演を連続して行っております。最近も中国の昆劇との合同演技もしています。そんな晴れ舞台を見ると、わたくしは、よかった、よかったと、おもわず涙ぐんでしまいます。
 もちろん、日本各地、どんな場所でも真面目な公演の申し出があれば出掛けて行きます。
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